7/15白老めぐり part 2

ポロトコタンを出て、近くに何とか資料館があるという標識を目にしたので行こうということになった。
その建物は、周りに野原や樹木以外なにもないところにポツンと建っていた。「仙台藩白老元陣屋資料館(http://www.town.shiraoi.hokkaido.jp/ka/jinya/)」という。昔の記憶にはない。
中に入りハイビジョンによる説明を聞かされ、ようやく自分の無知に気がついた。
幕末の蝦夷地の統治は、松前藩がやっているとなんとなく思っていた。ところが幕府は、松前藩だけでは北方の守りが不安で、東北各藩を動員して分割警備をしていたそうだ。伊達が仙台藩ゆかりの地とは知っていたが、白老に本陣を置き、登別あたりから国後、択捉(!)までの太平洋側の広大な地域を担当していたとは知らなかった。
戊辰戦争が起こってしまい、わずか12年間で幕を閉じることになった。武具や古文書、地図、生活用品等が展示されている。この建物は白老町の施設であり教育委員会が運営しているということだった。
常駐している担当者が話し好きで、1時間をかけての説明はちょっと辛かったが、興味深くもあった。
「遊びに来たのに勉強をしてしまった。」と同伴者が笑顔で文句を言っていた。

話は全然変わるが、私の高校時代のクラスメートに「津島某」というペンネームで文章を書いていたヤツがいた。当時私はあまり文学の世界は分からず(今もだ)なぜ「津島」なのか疑問に思っていた。後に太宰の事に気付きはしたが。owl-onlineさんによる文学館の紹介記事を読み、突然40年前を思い出してしまった。
http://d.hatena.ne.jp/owl-online/20070720/1184902345 「OWL-ONLINE あうるの周り」