「amazonからSMSメールが届かない」件

6月9日にアマゾンにログインできなくなってから、何度もアマゾン、au、アップルのカスタマーセンターに電話で問い合わせをしてきたが、どうしても原因が分からない。
今日はauショップSIMカードの交換も行ったが変化無し。

自宅に戻ってから、気力を振り絞ってアマゾンにまたまた電話。毎回担当者が変わり、事情を繰り返し説明する。結局、本人確認のためにアマゾンが送信するショートメッセージ(SMS)を私のiPhoneで受信できない理由は分からないのだが、幸いにもめずらしくユーザーに優しい担当者に当たった。

やむを得ないので、第三者の協力を願おうということになり、私の知人宛にセキュリティコードが記載されたショートメッセージを送り、その内容を連絡してもらい、それをアマゾンに伝えるという「原始的」な方法で、登録設定を変更(電話番号との紐付けを解除)しログインに至った。

アマゾンとしてはあまり好ましい方法ではないかもしれないが、非常手段をとってくれたた。今後はEメールで確認ができることになった。良かった。

遂に退職の時を迎える

昨年秋、70歳を迎え退職した。
これまでの人生で様々な出来事があったが、まさかパンデミックの渦中に終わりを迎えることになるとは思わなかった。
これを機会にまた利用を始めてみよう。

60歳の定年後、再雇用で10年間も働いたのだからもう十分。あとは健康に気をつけて自由な時間を満喫しよう、と少し思っていた。
ところがこのコロナ禍である。退職直前の昨年10月に何とか間隙を縫って、GoToトラベルを利用し、道東巡りのバスツアーに参加しただけで、世間の皆様と同様の「巣ごもり」生活となっている。
外出するのはスーパーへの食材の買い出しと1時間程度のウォーキングくらいだ。

では巣ごもり生活のメインは何になっているかというと、PC上でのAmazonプライムビデオの視聴である。類似のサービスを含め、この時期に利用が進んだ方は案外多いと想像する。
何せTVの番組がつまらない。若い世代のTV離れが進んでいるという報道は前から耳にしていたが、若くない私にとっても気になる番組は少ない。

ところが、数日前にログイン時に本人確認の画面が出た。通知メールの再送信をやっても一向に来ない。
アマゾンのカスタマーサービスと電話でやりとりする中で、ショートメール(通知用)を私のiPhoneが受信できていないということが分かった。他のショートメールは受信できており、アマゾンだけが引っかかっているようだ。
auにアマゾンのシステムが使用している電話番号を伝えて調査してもらったが、サーバで受信の痕跡がないという。
アップルにも尋ねたが、型通りの確認の仕方を答え、さらにauでの調査をすすめられるだけだ。

とりあえず、今はauからの連絡を待つしかないというところだ。

遂に退職の時を迎える

昨年秋、70歳を迎え退職した。
これまでの人生で様々な出来事があったが、まさかパンデミックの渦中に終わりを迎えることになるとは思わなかった。

これを機会に利用を始めようか。

60歳の定年後、10年間も働いたのだからもう十分。あとは健康に気をつけて自由な時間を満喫しよう、と少し思っていた。
ところがこのコロナ禍である。退職直前の昨年10月に何とか間隙を縫って、GoToトラベルを利用し、道東巡りのバスツアーに参加しただけで、世間の皆様と同様の「巣ごもり」生活となっている。
外出するのはスーパーへの食材の買い出しと1時間程度のウォーキングくらいだ。

では巣ごもり生活のメインは何になっているかというと、PC上でのAmazonプライムビデオの視聴である。類似のサービスを含め、この時期に利用が進んだ方は案外多いと想像する。
何せTVの番組がつまらない。若い世代のTV離れが進んでいるという報道は耳にしていたが、若くない私にとっても気になる番組は少ない。

遂に退職の時を迎える

昨年秋、70歳を迎え退職した。
これまでの人生で様々な出来事があったが、まさかパンデミックの渦中に終わりを迎えることになるとは思わなかった。

これを機会に利用を始めようか。

絵画展

吉積すえ子さんの絵画展が先日終わった。

いわさきちひろの絵の雰囲気に似た「童画」や風景・静物画もよいが、「北13条物語」と題した連作に心惹かれた。

この作品群を観た団塊の世代前後の人たちは、子供の頃の思いが蘇り、懐かしさがこみ上げたのではないか。

久しぶりに岩内を訪ねる。

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 岩内にサッポロビール会という団体があり、創立55周年祝賀会に出席してきた。
 なぜ岩内でサッポロかというと、岩内は野生のホップが発見された地であり、明治9年に開業した開拓使麦酒醸造所がサッポロビールの前身ということにになっているからだ。
 鉱山技師であった開拓使のお雇い外国人のトーマス・アンチセルが、明治5年に地質調査で来道した折、野生のホップを発見し、開拓使にホップ栽培を建言したと言われている。
 なぜその会合に私が出席したのかというと、麦酒醸造所建設の責任者であった村橋久成という、開拓使官吏を顕彰する北海道久成会という団体の末席に名を連ねているから、ということになる。
 勤務先の事情で、入会することになり、事務局員としてお手伝いをしている。会の役員達は都合が付かないと言うことで、私を含め3人の一般会員がはせ参じた次第だ。
 祝賀会は海の幸がふんだんに出て盛況であったが、私はというとお腹が不調になり、残念な結果となった。
 しかし、荒井記念美術館でピカソや西村計雄の作品を観ることができたのと、帰路ニッカウヰスキー余市蒸留所を見学できたので良しとしよう。

野球少年達に付き合う

 二日続けて円山球場で孫の試合を応援観戦した。
 中体連札幌市大会の準決勝で、惜しくも負けてしまった。3位ということだったが、札幌市は全道大会に4チーム出場できるということで、またこの場所に来ることができる。
 最終回、ノーアウト満塁になりながら1点が取れなかった。この試合、何度もバントを試みて、ほとんど失敗していたが、やはり最後はスクイズだった。
 1球ごとにベンチをうかがい、自信なさ気に構えた(ように見えた)バットには、意図的に外されたボールはかすらなかった。
 少年野球は、監督の作るゲームなのかもしれないが、にわか応援団としては、思い切りバットを振った姿も見たかった。